2015年8月1日〜15日
8月1日  ヒロ〔クリスマス・ブルー〕

(しかたがない。あとは賢人たちに頼もう)

 おれはアルの家に出向いた。
 伯爵とこの家の主人は交流がないので、お茶を飲みに寄るということはできない。

 地下の入り口で待っていると、バスが停まった。中から、裸の男がふたり降りてきた。
 おれは口をあいた。

「やあ、ヒロ」

 アルがほがらかな笑顔を見せ、手をあげた。もうひとりはキースだった。おれを見ると、ニヤっと笑った。

「今、マーチンを送って来たよ」


8月2日 ヒロ〔クリスマス・ブルー〕

 ふたりの義侠心に、おれは思わず涙ぐんだ。

「いや、出遅れたよ」

 アルは笑って言った。

「蟄居になったんだって? ごめんね。わたしもすぐ参加すればよかった」

 キースもさわやかに言った。

「おれたちだけじゃないんだぜ。ジルとアンディとルノーもいっしょさ」

「……」

 おれは意味もなく上を向いた。涙は落ちなかったが、洟が垂れそうになった。

「あとはまかせてくれ」

 アルは微笑んだ。

「うちの連中も明日から、協力してくれるって言ってるから」


8月3日  ヒロ〔クリスマス・ブルー〕

 風向きが変わった。
 おれの変わりにジルがマーチンに付き添ってくれていた。

 彼に強制させられアンディが隣に座る。その噂を聞きつけたアルとルノーがあわてて加わった。

 侠気厚いキースが加わり、つづいてフィル、エリック、ミハイルが続く。人気のタカトウ・ファミリーが裸でやって来ると、その仲良したちも裸になった。

 そのまた仲良しも面白がって裸で来る。バスに裸で乗って往復するのが、パジャマ・パーティみたいな遊びになっていた。


8月4日  ヒロ〔クリスマス・ブルー

 もちろん、これを面白く思わぬ向きもある。
 おれたちに抗議したあの若い犬たちの一派だ。

 これがうまいところに転んだ。彼らは裸乗車をやめさせようと主人に泣きついた。主人たちの中に有力者がいたらしい。圧力がかけられ、送迎バスに裸で乗るのは禁止になった。

 ついでに、こんなアホな行為をはじめたのは誰だ、ということになった。護民官の調べに対し、アルはしれっと、

「マーチン・アルマンのご主人様です」

 と述べた。


8月5日 ヒロ〔クリスマス・ブルー〕

 護民官府は、エン氏にCFの利用の仕方について厳しく注意したようだ。エン氏は反発したらしい。ヴィラの上層部にかけあってゴリ押ししようとしたが、いつしかおとなしくなった。


「外圧があったみたい」

 アルは噂話を教えた。

「裸規制派の主人たちのうちの誰かが、エン氏と同じ華僑グループで、圧力かけたみたいだよ。あのひとたちは面子大事にするからね」

 おれはひとまず安心したが、不安もあった。エン氏の怒りがマーチンにむかうのではないか。


8月6日 ヒロ〔クリスマス・ブルー〕

 マキシムのとりなしのおかげで、おれは三週間で謹慎を解かれた。
 
 CFに行くと、マーチンはいた。
 中庭で彼の姿を見て、へたりこみそうになった。いるとは聞いていたものの、やはり姿を見ると、思いがあふれてくる。

「ヒロ」

 マーチンはまぶしげに見上げた。顔色もいい。

「もう、来ていいのか?」

「あ、ああ」

 彼はあいまいにうなずき、話題をさがすように隣を見た。だが、すぐその唇がゆがんだ。
 立ち上がり、おれを抱きしめた。涙声で言った。

「ありがとう」


8月7日  ヒロ〔クリスマス・ブルー〕

 マーチンはあれからあったことを話した。

「華僑の人がきて、長いこと話してた。中国語かな。平和的な話し合いに見えたよ。でも、それからが大変だった」

 客が帰った後、主人は発狂したかのようにわめき散らし、ヒステリーを起こした。マーチンを地下に売り戻す。いや、殺す、とわめき、包丁を持って追いかけてきたという。

「で、すっころんで、彼、自分の足を切っちゃったんだ」

 血はそれほどあふれなかったが、主人はパニックを起こした。救急車を呼べとわめいた。

「でも、おれ、立ってたんだ」


8月8日 ヒロ〔クリスマス・ブルー〕

 マーチンは言った。

「その時にわかったんだ。すごい弱い男なんだって。薄っぺらな臆病者。チンケな変態。おれが立っているだけで怯えるんだよ。おれが包丁で刺し殺すとでも思ったのかな」

 結局、マーチンは救急車を呼んだ。主人は手当てした後、マーチンを華僑に売り渡した。

「え?」

「そうなんだ。おれの主人、変わったんだよ」

 華僑の客は、ある地位を引き換えに、マーチンを引き取ると申し出たらしい。仲間が貴顕の間で悶着をおこすのを見かねてのことだった。


8月9日 ヒロ〔クリスマス・ブルー〕

 マーチンの今の主人は、ずっとマシ、とのことだった。

「ちょっと大きいから痛いんだけど、イヤなことはしないから」

 スカトロには興味はないらしい。まずはよかった。
 おれは肝心なことを聞いた。

「その、我慢のほうはどれぐらい――」

「もう、大丈夫だよ」

 彼は少し頬を赤くした。そっと彼の腰を見ると、腰周りがひとサイズ小さくなっていた。

「――」

 また涙が湧きそうになってこまった。ウオーターの一声をきいたサリバン先生の喜びは、こんな感じだったのではないかしら。


8月10日 ヒロ〔クリスマス・ブルー〕

 その晩は、マキシムを懇ろに可愛がった。

 彼にもがんばってもらった。いろんな人の協力があって、一番いい結果になった。人類への愛が湧きあふれた晩だった。

「寂しかった」

 マキシムが甘ったれて言った。

「毎日、あいつにつきっきりで心配したよ」

「そうだったんだ。よく黙っててくれたな」

「……」

 おれは何度も彼にキスした。

「とにかくこれで終わったから」

「うん。それがね――」

 マキシムが小さい声で言った。

「世話役のバート、やっぱ帰ってこないらしいんだよね」

「……」


8月11日 ルイス〔スタッフ・未出〕

 久しぶりにアキラの雷が落ちた。
 原因は服装。みないつのまにか作業着になっていた。

「全員、仔犬担当か。そうなのか? ルールは知ってるよな?」

 ラインハルトがふくれる。

「暑いんだよ。大目に見ろ」

「全館エアコンが効いているはずだが」

「散歩だってするし」

「だから? ラインハルト? なに?」

「……」

 みな、更衣室でブツブツ言っている。

「ルール原理主義」

「ヒステリー」

「ヤクザ」

 言いつつ、皆ちゃんとスーツに着替える。

 時々、こんな日がある。皆実は、叱られるのが楽しいんじゃないかと思う。


8月12日 イアン〔アクトーレス失墜〕

 レオはヴィラ暮らしにすっかりなじんでいる。
 あちこち出歩いたり、料理を作ったり。疲れて帰った時に甘やかしてくれる相手がいるのはうれしいものだ。

 ただし、面倒な面もある。
 接待などで客と飲むと言うと、彼の空気は一変する。イヤミひとつ言わないが、さりげなく現場に現れる。偶然を装って隣に座り、話に加わる。

 脅したりはしない。ただ、仲間に加わって座を盛り上げる。

「亭主の顔が見えないから誘惑するんだ。これで7割方防げる。イタリア人以外はな」


8月13日 ロビン〔調教ゲーム〕

 ランダムのためにビニールプールを買ってきた。
 彼は大喜びだ。毎日、自分で空気入れとプールをひきずってきて、入れてくれと差し出す。エリックが嘆息した。

「CFのプールに入れてやれればなあ」

 ご主人様はそれを聞いていたらしい。

「引っ越すか。プールつきのでかいドムスに」

 だが、全員が反対した。

「このぐらいがちょうどいい。おれたち皆庶民ですから」

「狭いぐらいがいいんです」

 おれたちには暗黙知があった。
 家が大きくなれば、絶対ご主人様はスペースに合わせて犬を増やす!


8月14日  巴〔犬・未出〕

 おっちゃんがいると、ごはんに彩りがあって楽しい。チラシ寿司やら煮魚やら、凝ったものを作ってくれる。

(ハイソなお宅ではこういう食卓になるんだなあ)

 天ぷらの盛り付け方ひとつでも違うものだ。

 おれはつい夢中になって黙々と食べてしまう。前は一所懸命、しゃべろうとしていたが、最近やめた。
 おっちゃん曰く

「無理しなくていい。しゃべりたい時にしゃべりな。おれは気にしてないよ」

 涙が出るほどホッとした。おかげで毎日ごはんが楽しい。


8月15日 ジャック〔バー・コルヴス〕

 常連の日本のご主人様がいらっしゃいました。

「無口なわんちゃんとはいかがです」

「いいねえ」

 お客様は山崎の12年を楽しみながら、のろけられました。

「最近、とみに可愛いよ。こっちがいい気になってしゃべっていると、そっとお酌してくれるんだよ。そのタイミングがすごくいい。ああいうさりげなさは、日本の子じゃないと出来ないね」

 愛情が噴水みたいにあふれかえってます。
 ヴィラでは犬に甘いご主人様をフェリクスといいますが、まさに「幸福者」のようです。


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